ジャーナリストを目指すべきか
「●●●●(政治家)のブログに載ってるんだけど、この件、知ってる?」
・・・こんな電話を、政治部の記者や永田町関係者からもらうことが増えました。
なんだか不思議な感覚です。
スポーツ新聞の編集局では毎日、芸能人やアスリートのブログをチェックする役目の人がいると聞きます。一般紙も似たり寄ったりで、やはり、気になるブログは締切前にチェックする。政治部だったら、ブログに毎日書き込んでいる、若手・中堅政治家を中心に確認しているのでしょう。
僕は、自民党の世耕弘成氏と山本一太氏のブログが好きで、もっぱら携帯電話から、ほぼ毎日チェックしています。
国会議員が毎日、どのように活動しているか、また、何を考えているのか、なかなかうかがい知れないもので、それが国会議員に対する誤解の一因にもなっていると思うのですが、彼らのブログを読むと、そんな疑問が氷解します。
かつて、僕が記者をしている時代は、こんな状況はありえませんでした。
いわゆる「一次情報」が、インターネットで全世界に瞬時に公開されてしまう。そうすると、一次情報をつかんで読者にいち早く伝える、という記者の「使命」が、その前提が、大きく揺らいでしまう。。。と、僕は考え、おののいてしまうのです。
おそらく、ジャーナリズムの現場では、もっとドライに、それはそういうもの、として対処しているはずです。それににしても、この状況は、ジャーナリズムにとって、とてつもなく大きな変化であることは間違いないでしょう。
最近、新卒で就職したけれど、新聞記者になりたい、という人から相談を受ける機会がありました。
「ジャーナリストとしてプロになるか、ある分野での専門家になるか、二つに一つ」「特定の分野で専門家になれれば、さらに、ある程度の文章力と表現力があれば、それは、ジャーナリストであることと同じ」
・・・こんなアドバイスをしました。
つまり、あいまいな動機でジャーナリストを目指すと、あとで後悔するだろう、という意図です。
なんとなく、こんな分野で記事を書きたい、こんな人たちを取材して世の中に紹介したい。
このように、漠然と考えてジャーナリズムを志す人は、かつても今も多いのだろうと思います。しかし、その「取材対象」たるべき人たちが、“自らジャーナリストになってしまっている”のが、今まさに起きている現象です。
プロとしてのジャーナリストとは何なのか、そんなことも真剣に考えるべき時代なのでしょうね。
| 固定リンク
「メディア」カテゴリの記事
- 週刊新潮にエールを贈ります(2009.04.19)
- クローンをめぐるテレビ報道に思う(2009.04.01)
- 最近気にとまったこと①(2009.03.24)
- 「映像」にはまっています(2009.03.13)
- 沈黙は金なり?(2009.03.10)


コメント